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  • 執筆者の写真亮 椎名

整体を仕事にしたきっかけ・腰痛

椎名亮 整体院の椎名です。

今日は私自身が辛くて苦しんでいた「腰痛」について書いてみたいと思います。 過去に腰痛の経験があるからこそ、こうした整体という仕事をするようにもなりました。

文章はちょっと長めです。よろしければどうかお付き合いを。

ざっくりと書くとこうです。 20代の時はなんのケアをしなくても平気でした。ケアなんかしなくても当時習っていた古武術をして体を思いっきり動かせていたのでなんの不調もなかったです。肩こりって何?腰痛って何?という感じです。かつ、その時の仕事では重量物を持つような仕事をしていたのもあって筋肉もついており自分は健康であるという自信がありました。

20代後半になり、古武術をやめて運動をしなくなってから初めて腰のあたりに重だるさを感じ始めました。仕事で重量物を持つと書い ていましたが、20代後半に入ってからその重さが徐々に負担に感じてきたのを覚えています。そして、初めてぎっくり腰というものになりました。

30代に入り私はぎっくり腰を繰り返しました。一度腰を痛めてしまってからはふとした動作で腰を痛くする機会が増えました。 腰が痛い。けど仕事では重いものを持たなければいけない。そんなジレンマで将来に不安を感じ始めました。「痛い。けど何故痛くなるのかが自分ではわからない。どうすればいいんだ。自分はこの先もこの仕事をしていけるのか?」そんな風に思ってマンションの一室でうなだれていた自分を思い出します。仕事ができなくなるのではないかと思いとにかく不安でした。

30代の半ば、バイク整備をしていた時に腰に電撃のような しびれが走りました。その場に私は膝から崩れ落ちました。整備に使っていたバイクの工具を片付けるような余裕もなく、とにかく這うようにして自分の一人暮らしの部屋に戻りました。なんとか部屋には戻れましたがそこで力尽きたのかそこからはもう痛くて立つこともできません。痛くてトイレもままなりません。食事も買いに行けません。部屋の中を這ってなんとか冷蔵庫の中の水を飲んだり、腰の痛みを取ろうと湿布を張ったりしていました。 その日の夜になるも痛みは増すばかりです。「なあ、今おれ立つこともできないんだがこういう時はもう救急車を呼んでいいのかな?」動けないで布団に横になりながら友人に涙ながらに電話したことを覚えています。痛いやら悔しいやら不甲斐ないやら、なんで 自分がこんな目にあっているのか?というようなそんな涙でした。結果、救急車を呼んで私は病院に運ばれまた。

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救急車で病院に運ばれるほどの大きなぎっくり腰をしてしまい、さすがにこのままではまずいと痛感しました。 ちなみに、担架で運ばれた病院ではお尻にプスッと座薬を入れられ、少し痛みが引いた後にタクシーで返されました。とりあえずヨロヨロとでも立つことができたので良いのかもしれませんが「マジかよ・・・この状態でもう帰されて終わりかよ・・・」と思ったのが正直なところです。腰を痛めたこの日は夏のお盆休みの初日でした。その後4日間ほどのお盆休みをまるまる使い私は腰の痛みを取るべく安静にするのでした。

それまでの私は、腰を痛めたら整形外科さんに行き痛み止めの湿布や飲み薬をもらったりしていました。腰を守るコルセットも整形外科さんで勧 められ仕事中はなるべくそれをつけていました。家の近所にあった接骨院さんにも行き温めや短時間のマッサージなどの腰の治療もしてもらっていました。当時の私は体についての知識は特になく当たり前ですが全くの素人です。治療をしてもらっているので腰は多少楽になるし、「自分としてはできることはやっている、自分は大丈夫なはず」と思っていました。

しかし、薬を飲んだりして一度は痛みがひいて良くなった気がしてもまたふとした時に痛めてぶり返してしまう。何か根本的な解決にはつながっていないような気はしていました。そこで、インターネットで調べてみて近所にあった「整体」のお店に行ってみることにしました。正直整体というものが何なのかも知らずネットのホームページに「 肩こり・腰痛にお困りの方」というような内容が書いてあったので飛びついたのですが、今までと違うことをしてみないと今までと同じことを繰り返すと思い思い切って予約をして行ってみました。

施術をしてくれた方との相性もあったかと思うのですが、結果的にはこの近所の整体院での施術はとても私の腰痛に効きました。救急車で運ばれたあとの1~2か月間に、1週間くらいのペースで何回か通い腰回りがだいぶ軽くなったのを覚えています。一度自分の腰を楽にしてくれたので私としては大袈裟ですが救いの神のようでした(笑)。それ以来、疲れを感じてきたらその整体院に行きみてもらうようになりました。

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近所にあった整体院にしばらくお世話になったおかげで、私の腰痛は一時期良くなりました。 しかし、なんとその後その近所の整体院がお店をたたんでしまいました。その整体院にみてもらうことで腰の調子を維持できていた私は焦ります。そして、近所にあった他の整体院、マッサージ、鍼などをいろいろと受けに行きました。しかし、今まで見てもらっていた整体師さんのようにはなかなか納得のいく施術をしてもらうことができません。完全に整体迷子です(笑)

そうこうしているうちに仕事でまた腰の調子が悪くなりました。今度の腰痛は今までと様子が違います。腰の痛みで足がどうにも曲げづらく靴下をはくのもやっとなのです。痛みで前かがみになれないのです。今まで はそんなことはありませんでした。そのうちに、正座やあぐらをかくのもできなくなりました。あぐらをかいているとジンジンと腰が痛んでくるのです。道を歩いていてつまづいて転びそうになりパッと手を伸ばして何かにつかまると腰にピシッ!となにかが走るようなしびれのようなものも感じました。「これは巷でよく聞くヘルニアというものなんだろうか?・・ちゃんと調べてもらわないと何かまずい気がする・・」と思い整形外科さんでレントゲンを撮って調べてもらうと「腰椎すべり症」と診断されました。私の腰の骨にずれが起きているとの事でした。そして、先生にはずれてしまった骨はもう戻せないと言われました。

この状態で重い荷物を持つ仕事は負担以外の何物でもありませんでした。良 くしたいけど仕事が許してくれない。ジレンマ再びです。「もう駄目だ。もう自分にはこの仕事は続けられない。もう無理だ。」そう思い、家族の反対を押し切って当時の仕事を辞めました。そして、「誰かが自分の腰を良くしてくれないのなら、自分で自分を良くするしかない」と思い自分自身が整体を学んで整体の仕事に就こうと決めました。そこで選んだ整体の学院が私の整体技術のベースとなっている「東洋カイロプラクティック専門学院」でした。

「整体を仕事にしたきっかけ・腰痛その2」に続きます。

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